「食事」をいただく時に、私たちは何を思い、どのような思いを抱いているのでしょうか。
「食」それは「多くのいのち」をいただいています。
「食」そこには「みなさまのおかげ」がありました。
「食」仏さまの「ご恩」を深く喜ぶことができます。
「食」「慚愧」(ざんき:自分の言動を反省して恥ずかしく思うこと)と「歓喜」(かんき:非常に喜ぶこと。また、心からの喜び。」の心でもって「仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)」につとめてまいりましょう。
■ 食前の言葉
<合掌>
多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうを恵まれました。
深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。
★「多くのいのち」と明記していることは、私たちの食事は多くのいのちをいただいているという事実を深く見つめるためにあります。また、現代社会では「いただきます」という言葉をあまり耳にしなくなったのではないかという反省でもあります。ここに「多くのいのち」と明言することで、私たちの日々の食事は多くの動植物のいのちの犠牲の上に成り立っているのであり、そのいのちへの感謝と慚愧(ざんき)を明らかに示すことになります。私たちは多くのいのちによって、今の自分が支えられている「おかげ」に気づくことで、感謝の心が育まれることでしょう。
★ 「みなさまのおかげによりごちそうをめぐまれました」という言葉は、目の前の食事を直接調理してくれた人、そして食材をとったり、あるいは食材を運び届けてくれた人など、様々な多くの人たちの苦労のおかげによることを示しています。「多くのいのち」という言葉に、私たちの「慚愧」の思いを込め、「みなさまのおかげ」ということばには「感謝」の思いを込めています。
そしてこの二つを受けて、「深く御恩を喜び」と結び、食事を通して、単なる味覚ではなく「ご恩」を味わう機縁となることを願っているのです。